下北沢コンタクトレンズ
パニクりパニクらな一日でした。
特に、夕方。
出かけようとした時、ケースにコンタクトがない事に気がつきました。しかも片側だけ。笑
急いで引き出しを漁りましたが、今日に限ってストックがありません。本当にパニクりました。刻一刻と出発の時間が迫ってきます。
パニクりパニクらな僕は、片目だけコンタクトを付けて出かける事にしました。目指すは、下北沢です。京王線でした。「京王井の頭線」というのは素晴らしくいい響きだよね♪…とか心の中でブログの原稿作りつつ、下北沢の駅をクラウチングスタートしました。走って会場に向かわないと間に合わないのです。道中、何人か案内の人が立っていてくれて、僕に声援?を贈ってくれました。果たして御子柴、間に合うのか!?
間に合いました。
そういえば、大事な事を言い忘れてました。下北沢へは、高校の先輩の演劇を見に行ったのです。
です。
そして、見終わりました。
面白かったです。勉強になりました。脚本とか演技とか照明とか間とか、素人目ですがいろいろと観察してみました。
僕は、演技とかが苦手な類の人間なので、彼らは畏敬の対象です。盗める所は、盗もうと思って観ました。それから、脚本書くのって楽しそうだよね♪…とか、ふと思ったり。
他には、時折繰り出される小ネタとか内輪ネタとかが面白かったです。聞いたところ、アドリブらしいです。
そう、最近の自分、演劇にものすごく興味があるのです。
ついでに言いますと…今、個人的に興味が津々なのは、
・演劇
・ミュージカル
・オペラ、
・ダンス
です。ちなみに、ダンスというのは、マイケルジャクソンの映画「This is it」を観た時に、「こいつ、ほんとかっけな−!!!!! 俺も踊りてー!!!!」と思ったというだけの話です。当分は、ムーンウォークの練習で我慢します。
でも、いろいろ観に行きたいです。今度一緒に行きましょう?
で、話を戻しますが、先輩の大学の演劇、実は今回で観るのが二回目だったので、また違った見方も出来ました。
前回出ていた役者さんが、今回は違った役をやっていたりして、そのギャップを観るのも面白かったのです。手塚治虫のマンガを読んでいる様な面白さがありました。猿田とお茶の水博士とかみたいな。同じ顔の人物が違うキャラをみたいな。はい。
という事で、見終わった後は、下北沢をプラプラしました。僕はいつも、初めての街でパニックなるので、とりあえず中古CD屋に入り精神を安定させました。その後は、古本屋で精神統一。で、そんなこんなをしていたら、気が付くと22時半過ぎになっていたので、とりあえず急いでラーメンを食って帰りました。
もっと、オシャレで洒落乙な散策が出来る人間になりたいです。まずは、人間になりたいです。
とはいえ、楽しい夜でした。明日は、コンタクトを輸入しに出かけます。片目コンタクトは、目よりも脳の味噌にきますね。笑
ここでですが、皆様、オススメの街を教えてください。
北は北海道から、南は南アフリカまでどこへでも飛んで行きます。今度は、チャリで出かけたいです。次の休みが楽しみになります。よろしくです。
おやすみさい。
感謝のエネルギー保存
(http://www.youtube.com/watch?v=-knqu3UOlGA&feature=fvw)
↑ニュートンにリンゴが落ちた瞬間を捉えた幻の動画
りんごの皮むきをしているとかなり集中できます。普段揺るぎっぱなしの自己が一つになっていくのを感じます。
という事で、今日も私はリンゴの皮をむいていた。そこで、ふと思った事があるのです。(邪念?)
『人もまた、位置エネルギーによって構成されているのではないか』
最近よく、批判をする事が趣味のような人間を目にする。開口一番に不平を漏らす、"アンチeverything"主義の人である。彼らの目的は一体なんなのだろうか。そこである。もしかすると、彼らは、自分を保つ為のエネルギーを"他者を見下す"事によって入手しているのではないだろうか。他人を下げる事により、自分の相対的位置を高めているのだ。他人の不幸を蜜の味と心得る種類の人々でもある。いや、そもそも、人は誰しも心のどこかに、そんなエネルギー変換機能を持っているんじゃないかと思う。これを使わずにいかに自己を保つか、どこからエネルギーを入手するかが我々の課題なのである。
『日本という国もまた、位置エネルギーの国ではないだろうか』
それは、へり下りの文化である。現代の日本人は、すぐ(表面的に)謙遜する。頭を下げる。これは、余りよい傾向ではないと思う。
「私なんか〜ですよ」「いえいえ,私なんかもっと〜ですよ」「いやいや〜!!」という、エンドレス謙遜、自虐的行為、自分を見下す行為は、負のデフレスパイラルを作り出し、社会全体の位置エネルギーを低下させる。やる気の低下である。
では、どうすればよいか。互いに褒め合う文化、尊重・尊敬する社会をつくると良いと思う。本来の謙遜・謙虚さである。そうすれば、社会全体の位置エネルギーは上昇する。社会全体が活気付く。
具体的にどうすればよいか。これは、簡単。
「すいません」という言葉を「ありがとう」に代えればいいのである。
日頃、他人が自分に対して、物理的働き(運動エネルギー)を見せてくれた時、何と答えるかの問題である。
りんごの妖精A「りんごの皮をむきました。どうぞ、召し上がりください」
自分B「すいません or ありがとう」
ここで、へり下りの「すいません」は、ただ自らの位置エネルギーを下げ、無駄に消費する言葉である。(相手の運動エネルギーも無駄になる。→)相手に何の利益も与えない。モッタイナイ。
「ありがとう」は、自分の位置エネルギーを据え置きに、相手の位置エネルギーを高める言葉である。しかもここでは、相手の運動エネルギーがそのまま相手の位置エネルギーへと変化している。非常にエコだ。
感謝を伝え合う事により、互いの位置エネルギーを保ち合う事が出来る。ギブ&テイクである。
そういえばそうだった。森元首相は、「日本は、神の国である」と言ったが、実はそれは、「日本は、上(かみ)の国」という意味なのである。笑
そう、日本は、位置エネルギーの国である。
元来、日本は、感謝の国であるのだ。
うきうきターキー
最近、トルコに行きたいです。トルコの音楽が好きなのです。ちなみに、僕の"三大行きたい国"は、イギリス、フランス、トルコです。
今日は、新宿のTSUTAYAでCDを借りてきました。トルコのCDも借りてきました。
という訳で、帰り道は、トルコでウキウキだったのです。
そして、そして、
帰りの道中で、やたら美味しいそうな屋台を発見してしまったのです。今夜もツイています、僕。
覗き見たら、エスニックな料理でした。外国人男性と日本人女性がつくっていました。
思わず、「これはどこの食べ物ですか?」と聞いたら、男性は、「トルコの料理です」と答えました。なんという事でしょう。
気分は最高潮です♪
僕は、ウキウキを通り越して、、、…無口になりました。笑
黙り込みました。
音楽の話とかTSUTAYAで借りたCDの話とかをすればよかったのに、なぜか僕は沈黙を守りました。女性が優しく声をかけてくれましたが、必要以上にそっけなく答えました。
男性は、淡々と肉を削ります。それをパン&キャベツ(レタス?)に詰めて渡してくれました。
僕はそれを笑顔で受け取り、駅のベンチで食べました。

これがうまいのです。やはり、ツイています。
というか、よく考えてみれば、
トルコ料理って、フランス料理、中華料理と共に、世界三大料理に称されるアレなのだから、おいしいのは当然です。
日本人の分際で生意気でした。
ちなみに、トルコ人は親日らしいです。昔、いろいろあったそうです。
という事で、ますますトルコに行きたくなりました。だれか一緒に行きませんか?




